取締役辞任の意思表示の有効性と非公開会社株式買取価格が問題となった事例
株式を公開していない業界中堅企業Yにおいて,発行済み株式の約15.5%を保有する代表取締役副社長Xの進退が問題となった。Xは,Yの経費負担でクラブなどにおいて遊興し,内規で執務時間とされていた時間帯に社用車(運転手はYの従業員)で出かけてゴルフの練習を行なうなどする一方で,部下を罵倒するなどしたため社内の信望がなかった。さらに,内規で定められた社内承認手続を経ることなく,金融機関との間でハイリスクハイリターンの金利スワップ契約を締結するなどした。
そのため,Yの代表取締役社長は,他の取締役らとも相談のうえXの更迭を決意し,Xに辞任を勧告した。Xはその席で辞任勧告に応じ,辞任届に署名捺印した。
ところが,Xは,Yに対し,辞任の意思表示が強迫によるものであり,取り消したので無効であるとして地位の確認と役員報酬の支払いなどを求めて訴訟を提起した(地位存在確認請求事件)。
Xはさらに,自らが保有するY社株式をAに譲渡するとして,Yに対しその承認を求めた。
買主候補となったAは,脱税容疑で税務調査を受け,また暴力団とのトラブルを報道されていた会社であったため,YはXの譲渡承認請求を拒否した。Yはそのうえで,Y従業員の一人Zを買受人として指定し,買取代金をZに貸し付けた。
その後ZX間で売買交渉が行なわれたが,価格面で折り合いがつかず,Zは,裁判所に株価を決定するよう申し立てた(株式価格決定申請事件)。
訴訟等の経過
Yは,地位存在確認請求事件において,Xの辞任は任意になされたもので何ら瑕疵がないとして全面的に争い,辞任の意思表示の有効性が争点となった。同事件は,本人及び証人尋問手続を経て和解交渉が行なわれた。
その結果,YがXに対して基準額の約2/3に相当する退職慰労金を支払うことで和解が成立した。(そのため,争点に関する裁判所の判断が正式に示されることはなかったが,和解交渉の席上では当事者双方に対し,Xの辞任の意思表示に瑕疵がないとの裁判所の心証が口頭で示された。)
他方,株式価格決定申請事件において裁判所は,大手監査法人に株価算定を委嘱した。
一般に株価算定方法には,大別して純資産方式,収益還元方式,配当還元方式,類似会社比準方式,類似業種比準方式,取引事例方式などがあり,監査法人はこれらの算定方法の選択について,次のとおり説明した。
すなわち,取引対象の多寡によって多量株式(経営権の移動を伴う。発行済み株式総数の50%超の場合),少量株式(経営権とは無関係。発行済み株式総数の1%~3%未満程度),中量株式(多量でも少量でもないもの)に分け,本件は約15.5%であることから中量株式に分類した。その上で①多量株式売買時に用いる時価純資産方式と収益還元方式にて算出した価格のいずれか高い価格と②少量株式売買時に用いる配当還元方式にて算出した価格の双方を考慮して算定するとし,具体的には純資産法を26.6%,配当還元法を73.4%の割合で併用して算出した。
その後,この意見書をベースに和解交渉が持たれ,和解成立に至った。
以上